先日聞いてきた社会学研究会の「災害と鍼灸(第2弾)」について書きましたが、他にも講演がありました。

社会学と鍼灸をくっつけたと思われる会の名称からも推測できるように、日常の臨床にとっては全く実用的でない内容です。実用的で無くても「これは鍼灸師みんなが知っておくべき」と感じた部分について書いてみたいと思います。(個人的には実用的でないほど好き♡という変なところも、、、)

知っておくべきなのは『世界の渦に翻弄される日本鍼灸』(小野直哉 先生)でした。
内容は、「日本の鍼灸が国際的に置かれている状況」と「今後の日本の医療の動向を踏まえた上で、日本の鍼灸が進むべき方向性」の2つについてでしたが、ここでは前者の「日本の鍼灸が国際的に置かれている状況」について書きます。
情報量が多く、全体をきちんと理解するのが難しいと感じましたが、とにかく人の目に触れる機会を多くするのが大切なので、書いてみたいと思います。

以下の内容は講演の内容だけでなく、ほかで調べた内容も含んでいます。また、私の解釈が間違っている場合もありますので、真偽の程はご了承ください。

「日本鍼灸を取り巻く国際状況」には、ISO、WHO、CBD、UNESCO、WIPO等の多くの分野が関係しているそうです。

具体的には、
ISOでは、伝統医学用語の国際標準化と中医学の国際標準化
WHOでは、国際疾病分類への伝統医学の収載
CBDでは、遺伝資源と伝統的知識のアクセスと利益配分
UNESCOでは、
韓国で韓医学の医古文献「東医宝鑑」が世界記録遺産に登録完了。
中国で中医学の「鍼灸」を世界無形文化遺産に登録申請、中医学の医古文献「黄帝内経」「本草綱目」を世界記録遺産へ登録完了。
WIPOでは、・・・これはよく分かりません。

というようなことが起きています。

ISOについては、中国が国際標準化を進めているという内容を数年前から断片的に知っていましたが、
今回分かったのは、上記内容全体が一体となっているらしいということです。

とはいっても全体を理解するのは難しいので、一番影響が大きそうなCBD(生物多様性条約)について説明します。
生物多様性条約というのは、その名称だけだと鍼灸と何の関係があるのか見えませんが、
実は、生物遺伝資源だけでなく伝統的知識にも関係している条約です。

生物多様性条約には3つの目的があります。
①地球上の多様な生物を生息環境とともに保全
②生物資源を持続可能であるように利用
③遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分
となっていますが、この条約の中心問題は、③の「利益配分」で、利用国(先進国)と資源国(途上国)の争い=南北問題ともとらえられています。

鍼灸に関係するのは、「伝統的知識」の「利益配分」関するルールです。
このルール作りにおいて、中国の力が強いため、中国の中医学が他国の伝統的知識に比べて過大に評価されるルールになってしまいそうなのです。
対抗する韓国も負けじと奮闘しています。
日本は、一部の関係者が頑張っていますが、国家体制で力を入れている中国や韓国には全く太刀打ちできません。

現時点では、日本に出る影響としては、「伝統的知識の出所開示による研究活動及び知的財産への影響」が考えられるそうです。(そりゃなんだ?ですが、割愛します。)

さらに今後の動向次第では、
「伝統的知識が、今後、どのような形で議論されるのか、その方向性によっては伝統医学は様々な影響を受けることになる。例えば鍼灸も漢方も含めた日本の伝統医学は、資源国によって、そのオリジナルや起源、どこから伝来したのかという由来や出所を開示する必要性に迫られる可能性がある。それが明確になれば、オリジナルや起源、由来や出所から発生した日本の伝統医学に対し、それ相応の利益配分を資源国は求めてくる可能性があり、その可能性は否めない。」(引用:社会鍼灸学研究2010第5号,伝統医学と生物遺伝資源、伝統的知識、知的財産の問題ー黒船来航!第3の危機!?日本の伝統医学を取り巻く現実ー,小野直哉,p23)という事態もあり得ます。

生物多様性条約の目的の本旨とは大分異なっていますが、これが現実のようです。

我々一鍼灸師にとって具体的にでる影響を推測してみると、

一つは、このまま行くと、経済的に何か不要なコストが発生するのではないか、ということ。
例えば、「鍼灸治療そのものが他国の伝統的知識に由来するので、一本鍼を打つ度に●円支払わなければいけない」ということです。
生物多様性条約における「伝統的知識の利益配分」の本旨を考えれば、伝統的知識の保有国に敬意を払い、必要に応じて利用料などを支払うのは必要なことかもしれませんが、日本独自に発展させた伝統的知識がないがしろにされながら中医学に敬意(=お金など)を払うというのは、正直納得しがたいものです。

もう一つは、伝統医学の正当性にお墨付きを与えるような世界的ルールが、各国の市場規模や勢いなど影響されて偏った形になり、
伝統医学の中でもマイノリティな分野が持つ可能性が抹消されてしまうのではないかということです。(これは一鍼灸師レベルの影響じゃないですね。)
因みに、日本でおこなわれている鍼灸は、色々な意味で中医学や韓医学に比べて圧倒的にマイノリティです。
しかし、大陸から伝来した知識技術を独自に発展させ固有の日本鍼灸として定着しています。他国の伝統的知識に由来する部分もありますが、自国で独自に発達した部分も多く併せ持つ独特のものです。
中国や韓国のように医療として普及していないことは事実ですが、それだけで日本の鍼灸の(医学的、学問的、医療的、文化的・・・)価値は決められません。
日本の鍼灸に優れた部分が隠れていても、世界標準と異なるという理由で価値が低くみられたり、または、正当な鍼灸が他国の方式(例えば中医学)となれば、学校教育などのカリキュラム作成においても、スタンダード方式を採用するような取り決めがなされ、今の日本でおこなわれている多様・多彩・微妙な方法が衰退していくことも考えられます。(そういう国内へ拘束力を持つような国際規格が定められる可能性もあるとか、、、)

さらには(これ以上は妄想の域ですが)、世界的に鍼灸が医療として浸透・普及し、逆輸入的に日本に入って来たとき、かつて日本で行われてきた鍼灸が基準外として排除され、国際ルール上に明記されている他国の鍼灸治療が正当な医療として認められるような事態も、将来的には起こり得るのではないでしょうか。

いまの国際的な動きの中で日本が不公平な状況に置かれないためには、日本の伝統医学に関して情報を収集・整理したり、積極的・能動的に発言・関与して、日本も「伝統的知識の保有国」であることを認められる必要性がありますが、
(※中医学や韓医学をはねのけて日本鍼灸の価値を認めさせるという事でなく、「日本の鍼灸」も相応の価値を認められ、各国の伝統医学がそれぞれ正当に評価されるべきということです)

中国や韓国が国を挙げて力を注いでいるのに対し、日本では、「日本の伝統医学が自国の貴重な資源である」という認識を持つ人間が伝統医学関係者しかいない。つまり完全なパワー不足というのが現状です。

以上の内容ですが、間違いもあるかも知れません。興味を持ったならご自分で調べてみるのがいいでしょう。

参考・引用文献:
・第7回社会鍼灸学研究会2012抄録集 p11世界の渦に翻弄される日本鍼灸
・社会鍼灸学研究2010第5号

上記以外に、
三和書籍「生物遺伝資源のゆくえー知的財産制度から見た生物多様性条約」(森岡一)
市内のジュンク堂にあったのでチラッと見ましたが、参考になりそうです。