「成人型アトピー性皮膚炎に対する鍼灸治療の臨床的研究」の考察では、アトピー性皮膚炎に対して効果をもたらした鍼灸治療の治効機序(鍼灸が体の中でどのように働いたのか?)についてもいくつか触れています。そのうち「灸による免疫細胞およびサイトカインへの作用」と「鍼による皮膚バリア機能への作用」について説明します。

灸による免疫細胞およびサイトカインへの作用

<用語の整理>

Th1
:1型ヘルパーTリンパ球または1型ヘルパーT細胞ともいう。細菌やウイルスへの対応で活性化する免疫細胞で、子どものころTh1が増えるとアレルギー体質になりにくいといわれています。

Th2
:2型ヘルパーTリンパ球または2型ヘルパーT細胞ともいう。寄生虫などへの対応で活性化する免疫細胞で、このTh2系の誤作動(暴走)がアレルギー疾患です。子どものころにTh1が活性化する機会が少ないと、成長過程でアレルゲンに出会ったときにTh2が暴走して、Th2>Th1が固定化して体質的にアレルギーが起こりやすくなります。

IgE
:IgE抗体と呼ぶこともあります。本来は体内に入った寄生虫を外に追い出すために用いられますが、現代の日本人にはほぼその働きは必要なくなっています。IgEの働きが肥満細胞に伝達されて肥満細胞がヒスタミンが放出して血管拡張をさせたり、同時に放出されるロイコトリエンが痒みをもたらすことで、寄生虫を体内に追い出すのですが、アレルギー疾患ではそれらの反応が不要な場面で過剰に起こります。血液内のIgEが増えるほどアレルギー疾患が重篤です。

灸による免疫細胞への作用

実験1
:健常人や実験動物を対象にした研究で、透熱灸がTh1を活性化させるサイトカイン(サイトカインは免疫細胞同士の情報伝達物質)を増やすことが分かっています。(Th1を活性化させるサイトカインが増えれば、Th1が活性化されていることは推測できます。Th1が活性化されれば、Th2の働きや量が抑制されてアレルギー体質が是正される可能性が推測できますが、Th2に関しては、改めて確認しないとわからない状況でした)

実験2
:アレルギー体質のラットを対象にした研究では、透熱灸によりTh1が増えると、Th2が活性化されにくくなり、さらにアレルギー反応の原因となるIgE抗体がが増えにくくなることが分かった。(1の結果から一歩進みました。Th1が増える→Th2が抑えられる→IgE抗体が増えにくい、というところまで分かり、灸がアレルギー疾患をもたらす免疫細胞を抑える、つまり灸が体質的なアレルギーを改善する可能性が確認されました。)

実験3
:上と同じ種類のアレルギー体質のラットを用いて、さらに皮膚血管の反応を調べたところ、灸刺激によりIgEによる血管拡張が抑制されることが分かった。(この実験によって過程と結果がそろいました。つまり、1と2まではアレルギー反応の過程が灸刺激で抑えられることが分かり、そして、3によりアレルギーで引き起こされる皮膚の反応=結果が、灸刺激で抑えられることが確認されました。)

参考文献
東家一雄.基礎研究の立場から見た灸の治療効果に関する一考察.鍼灸OSAKA.25(3):59-64.2009

鍼による皮膚バリア機能への作用

別ページで紹介した論文(成人型アトピー性皮膚炎に対する鍼灸治療の臨床的研究)の中で「鍼灸治療は、実験的に作られた皮膚の損傷を回復させる作用を持つことが報告」と触れています。この作用が確認された実験では以下の内容が分かっています。

鍼刺激1回の効果
:15分間の置鍼を行うと、24時間後には皮膚バリア機能が回復する。

鍼刺激を反復した場合の効果
:15分間の置鍼を週に1回ずつ毎週続けて行うと、季節的な影響による皮膚バリア機能の低下(=冬季の肌荒れなど)が抑えられる。また、皮膚への物理刺激に対する抵抗性も増す。

単回鍼刺激による皮膚への効果

テープストリッピング処理により人工的な荒れ肌を作り、それを「皮膚バリア機能低下モデル」として実験対象とした。

皮膚バリア機能低下モデルの周辺および、手足のツボに10分間の置鍼を行い、1、3、24時間後に皮膚性状(経皮水分蒸散量、角質水分量)を測定。

経皮水分蒸散量は、鍼刺激群が無刺激群に比べて24時間後に低下する傾向がみられた。

テープストリッピング処理により経皮水分蒸散量が50%以上上昇した対象では、無刺激群と比較して鍼刺激群で24時間後の経皮水分蒸散量が有意に低かった。

角質水分量は鍼刺激群と無刺激群とでは有意な差はなかった。

テープストリッピング処理について
:皮膚に張ったテープを剥がして角質にダメージを与え、人工的に肌荒れを作りました。そして、肌荒れ状態が鍼によって回復するかどうかの実験対象としました。

皮膚性状の測定について
:「経皮水分蒸散量」と「角質水分量」を指標として測定しました。経皮水分蒸散量というのは、文字通り皮膚から蒸散する水分量のことです。皮膚には皮脂、天然保湿因子(角質細胞間のアミノ酸など)、セラミド(角質間の皮脂成分)という3つのバリア機能が備わっていて、外部からの水分の侵入および内部の水分の喪失を防いでいますが、角質にダメージを与えると3つのバリア機能が弱まります。つまり、経皮水分蒸散量が増えるほどバリア機能が低下しているといえます。反対に角質水分量は減るほどにバリア機能の低下を示します。

結果
:経皮水分蒸散量の変化から、鍼刺激は皮膚バリア機能の回復を早めることを確認しました。

長期反復鍼刺激による皮膚への効果

両頬部の皮膚の経皮水分蒸散量が高い健常男性を選抜。頬部の皮膚と前腕内側部の皮膚を用いて、鍼刺激群と無刺激群に分けてを比較した。

鍼刺激群は、週に1回、12週間にわたって顔面部、手足、背部の経穴に10分間の置鍼を実施。

頬部の皮膚では、4週目と12週目において、鍼刺激群が無刺激群に比べて経皮水分蒸散量の有意な低下がみられた。

テープストリッピング処理を行って荒れ肌モデルとした前腕内側部では、12週目でテープストリッピング処理による経皮水分蒸散量の上昇が抑制された。

「頬部の皮膚の経皮水分蒸散量が高い健常男性を選抜」というのは、季節の影響による皮膚バリア低下に鍼がどう作用するかを知るためです。つまり冬の肌荒れなどを想定したものでした。

頬部の皮膚で、鍼刺激群の経皮水分蒸散量が低下したことは、一般的な状況では、鍼治療を繰り返すことで冬季の肌荒れ等が鍼で回復する可能性を示唆するものと考えられます。また、「単回鍼刺激」との違いは何かを考えると、「長期反復刺激」の場合は鍼の作用が累積していくことで発揮される効果を示していると考えてよいと思います。

参考文献
・加川大地,他.皮膚と鍼灸―鍼灸医学における皮膚とは何か、皮膚症状に対する鍼灸治療の有効性から考える―.全日本鍼灸学会雑誌.2009年第59巻4号,334-352